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目の前のロープの両端を掴み、そっと持ち上げてみる。そのロープのかたちはカテナリーと呼ばれる。地球上のどんな物体もそれが充分にロープのようにフレキシブルであれば、かならずカテナリーのかたちをとる。むしろカテナリーのかたちで安定すると捉えるのがいいかもしれない。なぜならカテナリーは物体の内部で働いている力と外から働いている力–この場合は私たちの手の力と重力–が平衡している状態だからだ。ロープを持ち上げた瞬間、それは微妙に弛む。ロープの切片どうしがまだ押し合っている、つまり切片どうしに圧縮力が働いている。しかし次の瞬間に弛みはとれ、カテナリーに落ち着く。このとき切片どうしはただ引っ張り合っている、つまりロープの内部には引張り力以外の力は無い。純粋にテンションだけがつくるかたち、それがカテナリーである。
カテナリーのこの特徴は、自然が最小限の物質で世界を造るのにとても好都合である。なぜなら圧縮力のかかるかたちは太く、多くの物質を必要とするのに対して、引張り力だけで成立しているかたちは細くなれる、つまり物質を最小限にしか消費しないからだ。これはロープをもって両端から押してみればすぐに分かる。ロープはすぐ曲がってしまう。曲がらないためにはどうすれば良いか。ロープを束ねる、つまり太くするのがひとつの解法だろう。圧縮力のかかる物体はこの曲がる力にも耐えなければならないために太く短い必要があるのだ。それに対して引張り力だけがかかる物体には曲がる力が生じないために、細くなれる。くもの巣がはなぜ細い糸でそのかたちを保つことができるのか。その理由のひとつはそれがテンションのみで成立するかたちだからだと言える。つまり最も少ない物質量で最も大きな面積をカバーする(そして獲物を捕らえる)構造と言える。それゆえテンションだけがつくるかたち–カテナリーも全く同じ理由で、自然界において最も経済的な曲線だと言える。
人工物の世界においても古くからカテナリーは探求されてきた。面白いのはその探求の場が主に建築のドームやアーチであったことである。垂れ下がったロープを上下逆転して探求されてきたのである。重力に物体が引っ張られたかたちがカテナリーであるのに、重力に逆らって建ち上がるためのかたちの探求にカテナリーがなにができるのか。このことを最も象徴的に印象づけるのはガウディの建築構造における研究だろうと思う。重力によって垂れ下がったロープを上下逆さまにすると、ロープに外から働く力、重力の向きが逆向きになるから、ロープの内部で働く力の向きも逆向きになる。つまりロープの中では圧縮力だけが働くことになる。もちろんこれは想像上の話であって、ロープは例えばレジンで固めるなど何らかの方策をとられなければふにゃふにゃとそのかたちを崩す。しかし、もしロープを固形化できれば、上下逆転したカテナリーのかたちには圧縮力しか働かない、つまりこのかたちを曲げる力は働かない。ヨーロッパにおいてドームやアーチの構造は石造であった。そしてその石は当然切り石であるので、それを積み上げたかたちは横からの力、曲げようとする力に弱い。それゆえ圧縮力しか持たない上下逆さまのカテナリーは、石造のかたちの最適解となる。もちろんこれは石造に限ったことではない。重力に逆らって建ち上がるかたちは、重力によって生じる圧縮力だけでなく、曲げる力にも耐えなければならない。それだけ余分に物質を必要とするということである。物質の消費を最小限にするために、カテナリーは効く。
"重力のかたち–カテナリー:バイオミメティクスによる建築のデザイン4 / A form in gravity-Catenary: architectural designs on Biomimetics4 « Atelier Yukio Minobe 美濃部 幸郎 アトリエ (via nakano)